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Title

HIGHLIFE - HIGH UP'S : LA MUSIQUE DU GOLD COAST DES ANNEES 60


high up's
Japanese Title 国内未発売
Date 1960s
Label NIGHT&DAY NDCD 025 [2CDs](FR)
CD Release 1996
Rating ★★★★☆
Availability ◆◆◆◆


Review

 60年代のガーナとナイジェリアのハイライフを収めた2枚組コンピレーション。全48曲からなる本盤は、アフリカ音楽研究家のジョン・ストーム・ロバーツが所有する音源から、RFI (Radio France Internationale)でDJをしていたMCイバこと、イブラヒム・シッセが選曲したもの。ライナー・ノーツにはハイライフの歴史についての記述はあるものの、アーティストや楽曲にかんするデータがなく、そのうえ曲の配列もまったく大系づけられておらず、どれがガーナでどれがナイジェリアなのかさえはっきりしない。また、すべて60年代録音とあるのもまちがい。ディスク1が“ハイライフ・バラード”、ディスク2が“ハイライフ・スピード”となっていて、前者には静かめの曲、後者にはダンス系の曲を配置したということなのだろうが、一概にそうともいいきれずあまり意味にこだわる必要もない気がする。DJらしく音楽そのものを楽しんでもらうことに主眼においた構成ということだろう。

 じつは、ここでの音源はすべてロバーツ主宰のレーベル、オリジナル・ミュージックがリリースした全39枚(サンプル盤を除くと38枚)中、質量ともにもっとも充実していた西アフリカ関係のCD11枚からピック・アップされたもの。初出を収録曲数の多い順に列記すると、"TELEPHONE LOBI : MORE GIANTS OF DANCEBAND HIGHLIFE" (OMCD 033) (10曲)、"I'VE FOUND MY LOVE" (OMCD 019)(9曲)、"GIANTS OF DANCEBAND HIGHLIFE" (OMCD 011)(8曲)、"AZAGAS & ARCHIBOYS" (OMCD 014)(6曲)、"IGNACE DE SOUZA" (OMCD 026)(4曲)、"MONEY NO BE SAND" (OMCD 031)(4曲)、"AFRICA DANCES"(OMCD 016)(2曲)、"YORUBA STREET PERCUSSION..." (OMCD 016)(2曲)。そのほか、オリエンタル・ブラザーズ関係の"HEAVY ON THE HIGHLIFE"(OMCD 012)"DO BETTER IF YOU CAN"(OMCD 034)から1曲ずつ。最後までわからなかったクルー・ヤング・スターズ・リズム・グループは"AFRICAN ELEGANT"(OMCD 015)からの1曲であった。

 1960年代半ばにルンバ・コンゴレーズに取って代わられるまで、ハイライフは西アフリカのポピュラー音楽シーンにおいて絶大な影響力を持っていた。そんな全盛期のハイライフを知るうえで、オリジナル・ミュージック盤、とくに前4枚は必携といえるのだが、残念ながら、オリジナル・ミュージックはすでに活動を停止してしまったため、いまでは入手がたいへん難しくなっている。その意味で、現在も入手できる本盤の価値はいやが応にも高くなった。

 音楽は大きくいって、E.T.メンサーランブラーズなどの優雅で洗練された“ダンス・バンド・ハイライフ”の系統、ガーナのオニイナ、ナイジェリアのオリエンタル・ブラザーズなどのワイルドで泥臭い“ギター・バンド・ハイライフ”の系統、それにハイライフに影響された音楽の3種類にわかれる。厳密にいうと、ハルナ・イショラの“アパラ”のように“ハイライフ”とのつながりがあまり感じられないタイプの音楽や、クルー・ヤング・スターズのようにシエラ・レオーネのミュージシャンの演奏も混じっていて、カテゴライズにかなり無理があるものの、選曲センスのよさはさすがと思わせるものがある。
 
 "GIANTS OF DANCEBAND HIGHLIFE"に収録されていたランブラーズの8曲(うち3曲本盤収録)とウフルの10曲(うち3曲収録)はそれぞれの単独アルバムに復刻されていて、メンサーの4曲(うち2曲収録)のみがわたしの知るかぎり未復刻である。だから、その続編である"TELEPHONE LOBI"のほうが稀少価値は高い。ここには50年代から70年代はじめにかけてガーナで活躍した13組のダンスバンドの演奏全23曲を収録。
 おもしろいのは、ほとんどのバンドがその源流をたどればメンサーのテンポスに行きついてしまうということ。たとえば、テンポスとプレイしていたキング・ブルースが結成したブラック・ビーツに在籍していたジェリー・ハンセンらが結成したのがランブラーズである。また、スパイク・アニャコアのリズム・エイセズも、ナイジェリア人トランペッター、ズィール・オニイアなど、元テンポスのメンバーで固められていて、そのリズム・エイセズとプレイしていたのがスターゲイザーズのリーダー、グレン・コフィであった。ちなみにオニイアはナイジェリア・ハイライフの大御所チーフ・ステフェン・オシタ・オサデベを最初に見出した人物であり、オサデベの師匠にあたる。

 つづれ織りのような精緻なブラス・アンサンブルとジョニー・ホッジスを思わせる流麗なアルト・サックス・ソロが秀逸なレッド・スポッツ。ロンドン時代のロード・キチナーを彷彿させる柔らかくバウンスするノリが最高なスターゲイザーズ。ルンバ・コンゴレーズにも引けをとらないとろけるような極上のハーモニーを聴かせるブラック・ビーツ。チェット・ベイカーも真っ青の甘く官能的なヴォーカルが魅力的なビルダーズ・ブリゲード。小躍りするアルト・サックスがいかにもそれらしいアフリカ版メレンゲを演じるハイ・クラス・ダイアモンズ。というように、メンサーにはじまる有名無名のガーナ・ダンスバンド・ハイライフがこの時代にこれほどまでに洗練されたサウンドをつくりつづけていたことは驚嘆に値する。

 70年代のダンスバンド・ハイライフ衰退の背景には、伝統回帰志向とソウルやロックの台頭によって、ジャズ、スウィング、カリプソ、アフロ・キューバンなどをベースにしたメロウな音楽性が植民地時代の名残として敬遠されるようになったことがあるが、より現実的な問題として、ガーナ経済の極端な落ち込みの結果としてバンドを維持していくことが困難になったことがある。

 多くのガーナ人ミュージシャンが、ナイジェリアやカメルーンなどの周辺国や英国やドイツなどへ散らばっていったなかで、現在に至っても残っているのがギターバンド・ハイライフの流れ。大戦後にE. K. ニヤメが完成させたとされるギターバンド・ハイライフは、リベリア、シエラ・レオーネあたりから伝わったパームワイン・ミュージックを祖とし、“ハイライフ”の名辞とはうらはらに伝統色のつよい泥臭い音楽。インターナショナルな方向をたどった“ダンスバンド”とは逆に、土着性を強化する方向へむかい、そのなかから“ブルース”(米国のブルースとは別物)も生まれた。

 ダンスバンドでは50年代はじめからすでにエレキ・ギターが使われていたが、ギターバンドがエレキ化されたのは60年代にはいってからじゃないか。そんな60年代におけるガーナのギターバンド・ハイライフの貴重な演奏を収めたのが"I'VE FOUND MY LOVE"だ。オニイナアクワボア、アコンピ、オポン、フリンポンなどの演奏を聴いて、まず感じられるのは演奏が全体にツッコミ気味で、ジャズ・ギターっぽいダンスバンドとはちがい、音色はメロウなんだけれどもパームワイン・スタイルの名残がみられること。ヴォーカルもダンスバンドがクルーナー系だったのにたいし、こちらは甲高い声で合ってんだか合ってないんだかよくわかんないようなアフリカン・スタイル。アフリカン・ブラザーズも、C.K.マンも、アレックス・コナドゥも、のちのガーナの人気スターのほとんどがこの流れを汲んでいることがよくわかる。

 ガーナで花開いたハイライフは、メンサーとテンポスのレコードやツアーをつうじて50年代はじめにはナイジェリアでも人気が爆発。ボビー・ベンソン、レックス・ローソンヴィクター・オライヤといったすぐれたダンスバンドのリーダーを輩出した。"AZAGAS & ARCHIBOYS"は、60年代にナイジェリアで圧倒的な人気を誇ったダンスバンド・ハイライフの貴重な復刻。67年にビアフラ戦争が勃発するまでは、ここに収められたチャールズ・イウェブエ、エディ・オコンタ、エリック“ショー・ボーイ”アケーズなどのバンドはかなり人気があったらしい。ガーナのダンスバンド・ハイライフとくらべると、パーカッションを強調してもっとファンキーでくだけた感じ。当時のナイジェリア・ハイライフ・バンドの多くは、東部のイボ人がメンバーだった。ビアフラ戦争は、支配層であった北部のハウサ人にたいし、東部のイボ人が独立を宣言したことに端を発する内戦だったから、ビアフラ戦争以降、ヨルバ人が多く住む南西部の首都レゴスからハイライフの灯が消えてしまったこともうなずけるところ。反面、東部では現在にいたるまで、オリエンタル・ブラザーズをはじめ、ハイライフがさかんである。

 かつてなぜかオルターポップにより国内配給されていた"MONEY NO BE SAND"は、50年代後半から70年代はじめにかけて活躍したガーナとナイジェリアのミュージシャンによる、欧米のポップ・ミュージックの影響をつよく受けた演奏ばかりを集めたコンピレーション。メンサー、ランブラーズ、オコンタ、イウェブエなど、オリジナル・ミュージック盤でおなじみのミュージシャンの演奏に加えて、出色はガーナの女性歌手シャーロッテ・ダダがカヴァーしたビートルズの「ドント・レット・ミー・ダウン」。ガムランのようなパーカッション・アンサンブルをバックに、ダダがキュートにしなやかに歌うこのナンバーは、ハイライフとは系統がちがう西アフリカのポップスの魅力を伝えてくれている。
 
 本盤の解説が不親切なぶんを補うため、ここまでオリジナル盤に沿いながらつたない解説をしてみたが、考えてみれば、かなりマニアックなタイプの曲ばかりである。それらをサラリと聴かせてしまうのは、選曲者であるMCイバのセンスによるところが大きいのではないか。これからハイライフを聴いてみようというひとにも是非おすすめしたいアルバムである。



(11.11.02)



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by Tatsushi Tsukahara